従業員の横領が発覚して懲戒解雇を行うべきか悩んでいませんか?
従業員による横領は企業の秩序を大きく見出し、信頼を裏切る背信行為ですので、企業として毅然とした対応をしたいですよね。
従業員による横領が発覚した場合には、懲戒解雇を検討するのが通常です。
判例は、横領の場合には、比較的少額であっても、懲戒解雇を有効と認める傾向にあります。
ただし、証拠が不十分なケースなどでは懲戒解雇を無効とする例もありますので、企業としては横領が発覚した後に正しい対処を行うことが重要となります。
また、企業としては、従業員に横領されてしまった金額を回収することも忘れてはいけません。労働基準法上、給与の天引きなどは禁止されていますので注意が必要です。
横領により従業員を懲戒解雇する場合には、解雇予告手当は不要であり、離職票の記載も重責解雇(自己都合退職)となります。
退職金についても、退職金規程によっては、不支給又は減額を検討すべき場合があります。
実は、私が多くの人事労務の相談を受ける中でも、従業員による横領が発覚すると感情的になってしまい、冷静な対応が難しくなってしまう企業も少なくありません。
この記事をとおして、企業の経営者や人事担当者の方に従業員の横領が発覚した場合の懲戒解雇について正しい知識を知っていただければ幸いです。
今回は、従業員による横領と懲戒解雇について、判例の傾向や発覚後の対処手順4つを説明したうえで、懲戒解雇通知書の書き方、離職票や解雇予告手当、退職金についての処理を解説していきます。
具体的には、以下の流れで説明していきます。
この記事を読めば、従業員が横領した場合にどのように懲戒解雇をすればいいのかがよくわかるはずです。
目次
1章 横領には懲戒解雇を検討するのが通常
従業員による横領が発覚した場合には、懲戒解雇を検討するのが通常です。
従業員による横領は企業の秩序を大きく見出し、信頼を裏切る背信行為であるためです。
一般に、懲戒解雇は極刑と言われ裁判所もかなり厳格に判断する傾向にあります。
しかし、横領となると、その悪質性の高さから、懲戒解雇も相当と判断されることが多いのです。
例えば、従業員が企業のお金を横領しても、十分な制裁が科されないとすれば、他の真面目に働いている従業員たちはやる気を失いますし、同様の非違行為を行う者も出てきます。
懲戒権を行使するにあたっては平等が重視されますので、横領行為をしても軽い処分で済んだという先例を残すことは企業としてもリスクとなります。
そのため、従業員の横領行為が発覚した場合には企業としても懲戒解雇をもって臨むことを検討することになるのです。
ただし、交通費や通勤手当等の不正受給は、横領行為とは異なり、金額が少額である場合(100万円未満である場合)には、懲戒解雇の有効性はもう少し慎重に考慮されます。
国家公務員の人事院規則については、企業がどのような処分を下すか決める際にも参考になります。
人事院が作成した「懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職-68)」は、公金の横領行為について以下のように規定しています。
⑴ 横領
公金又は官物を横領した職員は、免職とする。
つまり、横領に対する懲戒処分は、最も重い「免職」のみを規定しており、厳罰をもって望む姿勢がうかがえます。
そのため、企業としても、横領に対しては、最も重い懲戒処分である懲戒解雇を検討することに相当性があることがわかります。
2章 横領による懲戒解雇の判例7つと傾向
判例は、横領による懲戒解雇については、少額であっても悪質性が高いものとし、有効と判断する傾向にあります。
ただし、横領行為又は横領の意図の立証、及び、事実調査が不十分である場合には、懲戒解雇は無効とされることがあります。
この章では、横領による懲戒解雇の判例7つを紹介していきます。
前橋信用金庫事件|東京高判平成元年3月16日労判538号58頁
ダイエー事件|大阪地判平成10年1月28日労判733号72頁
東日本旅客鉄道事件|東京地判平成13年10月26日労経速1791号3頁
大阪冠婚葬祭互助会事件|大阪地決平成6年7月12日労判669号70頁
西日本鉄道事件|福岡高判平成9年4月9日労判716号55頁
京王電鉄府中営業所事件|東京地八王子支判平成15年6月9日労判861号56頁
それでは各判例について順番に説明していきます。
2-1 西鉄雜餉自動車営業所事件|福岡地判昭和60年4月30日
現金を取り扱うワンマンバスの運転士が両替金を精算手続中に領得しようとした事案です。
運賃等の精算手続を行うに際し、運賃袋から合計九〇〇〇円の紙幣束を抜き取ってズボンの左ポケットに入れ横領した行為につき、その性質、態様において悪質であり、懲戒解雇を選択することもやむを得ないとしました。
そのため、懲戒解雇は有効と判断されています。
2-2 前橋信用金庫事件|東京高判平成元年3月16日
信用金庫の本部業務推進部に所属し、定期積金の集中集金の業務を担当していた者が、集金の一部(1万円)を横領した事案です。
懲戒解雇としたことは、その原因があり、かつ信用に立脚する金融機関の性格上やむを得ないとして、有効と判断しました。
2-3 ダイエー事件|大阪地判平成10年1月28日
慰労会の飲食代金16万4368円(二〇人分)を仮払いし、領収書の10万の位を2に改竄し、飲食代金を26万4368円に見せかけ、仮払金の清算手続で差額の10万円を着服した事案です。
裁判所は、周到に計画された犯行であるとまではいえないとしつつも、意図的なもので、その性質上、会社に対する重大な背信行為であり、依願退職の申出を繰り返し勧めたにもかかわらずこれが拒否されていることを考慮し、懲戒解雇は有効としました。
2-4 東日本旅客鉄道事件|東京地判平成13年10月26日
取手駅輸送係として勤務した者が、取手警察署から受領した遺失還付金6万4435円を会社に納付せず着服したのみならず、さらにその3か月後にも同署から受領した遺失還付金6万4563円を約1箇月にわたり、所定の手続を行わずに放置した事案です。
裁判所は、業務上現金の取扱いが多い被告において現金の着服はその額の多寡にかかわらず解雇が原則であることから、本件処分は懲戒手段として相当な範囲を超えないとして、懲戒解雇を有効としました。
2-5 大阪冠婚葬祭互助会事件|大阪地決平成6年7月12日
冠婚葬祭の施行を主たる事業とする会社の従業員[セレモニーマネジャー(主として葬祭の進行を主催する業務)]が、二度に亘る御布施着服の疑い等を理由に懲戒解雇された事案です。
当該企業は、疑惑が生じるや、直ちに従業員に事情聴取をし、従業員が疑惑を否定し、事実確認のため当該企業に顧客宅への同行を求めたにもかかわらずこれを拒否しました。
また、当該企業は、顧客の供述の裏付けや他の物的資料による確認作業を行おうともしないまま自主退職を迫り、遂には懲戒解雇しました。
裁判所は、当該企業の右態度は、事実調査としても十分なものといえないうえ、従業員に十分な弁解の機会すら与えない性急なものであるとしました。
最終的に、裁判所は、当該従業員の不正行為について疑いが存在しない訳ではないが、懲戒解雇の理由とするのに相当な程度の蓋然性までをも認めるには足りず、また、当該企業の事実確認手続等についても十分なものであったとはいえないとして、懲戒解雇を無効としました。
2-6 西日本鉄道事件|福岡高判平成9年4月9日
バス等の旅客運送業等を営む会社が、ワンマンバスの運転手が運賃(合計920円)を手取りして、回数券袋に入れたまま運行し、巡回指導員に指摘されるまで保管した行為につき、横領として、懲戒解雇した事案です。
裁判所は、運賃手取りは両替のためになされたものであるとして横領の意図が否定し、手取り行為のみを理由とする懲戒解雇は無効としました。
2-7 京王電鉄府中営業所事件|東京地八王子支判平成15年6月9日
私鉄バス営業所の事故担当助役であった従業員が、5件の未報告事故に関して相手方や損害保険会社から受領した金銭を着服横領したことを理由に懲戒解雇した事案です。
裁判所は、当該従業員が受領した金銭の使途を説明できなかったのは、事故処理業務の要領を身につけておらずずさんな金銭管理を行っていたためで、計画的に金銭を着服したとはいえないとしました。
そのうえで、使途不明金の一部を着服した旨の自認書及び念書は、事実に即して書かれたとはいい難いとしました。
最終的に、裁判所は、当該従業員による着服の事実を認めることはできないとして懲戒解雇を無効としています。
3章 従業員による横領が発覚した場合の企業の対処手順4つ
従業員による横領が発覚した場合には、企業としては正しい手順で対処していかなければなりません。
なぜなら、横領とはいえ手順を踏まずに懲戒解雇を行うと、無効となってしまうリスクが生じるためです。
具体的には、従業員による横領が発覚した場合には、以下の手順で対処していくことになります。
手順2:本人からのヒアリング・弁明の機会の付与を行う
手順3:返金の誓約書・合意書を取得する
手順4:退職勧奨又は懲戒解雇をする
それでは各手順について順番に説明していきます。
3-1 手順1:証拠を集める
従業員による横領が発覚した場合の手順の1つ目は、証拠を集めることです。
当該従業員を疑うに足りる証拠を集めましょう。
証拠もなしに、従業員にヒアリングを使用としても、着服などしていないと言われて終わってしまう可能性があります。
監視カメラ、領収書、帳簿、メール、メルカリやヤフオクなどにおける転売履歴、PCの使用履歴などを集めておきます。
他の従業員や顧客の証言は「聞き取りメモ」「報告書」等の形で証拠化します。
本人に気付かれた後は、反論の準備をされたり、証拠を隠滅されたりしてしまうことがありますので注意しましょう。
3-2 手順2:本人からのヒアリング・弁明の機会の付与を行う
従業員による横領が発覚した場合の手順の2つ目は、本人からのヒアリング・弁明の機会の付与を行うことです。
横領による懲戒解雇を行う際に最重要となるのが従業員本人からの自白です。
自白を獲得できれば横領行為の立証は容易になりますし、客観的な証拠も集めやすくなります。
どのように質問していくか、どの段階で会社側が把握している事情や証拠を示すかなど、十分に計画を立てたうえでヒアリングを行っていきます。
何も準備をせずに臨んでも言い逃れされてしまい、証拠を隠滅されてしまうリスクが生じることになるので注意しましょう。
3-3 手順3:返金の誓約書・合意書を取得する
従業員による横領が発覚した場合の手順の3つ目は、返金の誓約書・合意書を取得します。
横領の重要な証拠になりますし、損害金額等の立証も容易になります。
また、従業員側も自ら約束した以上は返金できるよう努力しますので、回収確率も上がります。
例えば、以下のような誓約書を作成します。ご自由にご活用ください。
支払誓約書のダウンロードはこちら |
3-4 手順4:退職勧奨(自主退職を求める)又は懲戒解雇をする
従業員による横領が発覚した場合の手順の4つ目は、退職勧奨又は懲戒解雇をすることです。
情状酌量の余地があるような場合には、懲戒解雇の前に自主退職を促すようなこともあります。
従業員が自主的に退職した場合には、懲戒解雇に比べて格段に紛争リスクは下がります。
ただし、横領という悪質性の高い行為を行っても懲戒解雇されないというのは、規律の維持として不十分となることもあります。
そのため、当該横領行為が社内においてどのように見られているのかということなども含めて、退職勧奨を行うかを考えます。
退職勧奨の言い方については、以下の記事で詳しく解説しています。
懲戒解雇の会社側のデメリットについては、以下の記事で詳しく解説しています。
4章 横領を理由とする懲戒解雇通知書のテンプレート
横領を理由とする懲戒解雇をする場合のテンプレートは以下のとおりです。ご自由にご活用ください。
懲戒解雇通知書のダウンロードはこちら |
5章 横領による懲戒解雇の場合には解雇予告手当は不要
横領による懲戒解雇の場合には、解雇予告手当は不要です。
労働基準法20条では、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」には、解雇予告手当の支払いが不要とされているためです。
1「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、…労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。」
例えば、行政通達では、懲戒解雇で解雇予告手当が支給されない「労働者の責に帰すべき事由に該当する場合」の例として、「横領…等刑法犯に該当する行為があった場合」が挙げられています(昭和23年11月11日基発1637号、昭和31年3月1日基発111号)。
ただし、解雇予告手当を支払わない場合には、労働基準監督署で除外認定を受ける必要があるので注意が必要です。
6章 横領による懲戒解雇と離職票の記載|自己都合が原則
横領による懲戒解雇については、自己都合退職となります。
重責解雇(雇用保険法23条2項2号等)として処理することになり、この場合には自己都合となるためです。
離職票は、離職理由欄の「4 事業主からの働きかけによるもの」、「⑵重責解雇(労働者の責めに帰すべき重大な理由による解雇)」にチェックすることになります。
重責解雇については、以下の記事で分かりやすく解説されています。
7章 横領による懲戒解雇と退職金
横領による懲戒解雇の場合には、退職金の不支給又は減額を検討すべき場合があります。
退職金規程に懲戒解雇の場合又は懲戒解雇事由がある場合には退職金を支給しない旨を規定していることがあるためです。
もっとも、退職金を不支給又は減額とするには、永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為が必要とされています(東京高判平成15年12月11日労判867号5頁[小田急電鉄事件])。
例えば、判例は、横領による懲戒解雇の事案であっても、全額不支給は認めず、6割~7割の不支給にとどめることが合理的とする傾向にあります。
勤続35年の従業員が15回合計出張旅費22万6500円を着服した事案で3割相当は支給するべきとしています。
不正社宅を利用し、帰宅手当の受給を受け493万1360円を不当に利得した事案で退職金のうち6割を不支給とすることにつき合理性を有するとしています。
8章 従業員による横領と刑事告訴
従業員による横領については刑事告訴を検討すべき場合もあります。
従業員に反省の態度が見られない場合、悪質性が特に著しい場合、損害金額が高額である場合などには、より毅然とした対応が求められるためです。
ただし、証拠が十分にないと受理してもらえないこともあるので、刑事告訴をする場合についても、十分に事実関係を整理して、証拠を集めていきましょう。
9章 横領による懲戒解雇の相談はリバティ・ベル法律事務所にお任せ!
横領による懲戒解雇の相談は、是非、リバティ・ベル法律事務所にお任せください。
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10章 まとめ
以上のとおり、今回は、従業員による横領と懲戒解雇について、判例の傾向や発覚後の対処手順4つを説明したうえで、懲戒解雇通知書の書き方、離職票や解雇予告手当、退職金についての処理を解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
・従業員による横領が発覚した場合には、懲戒解雇を検討するのが通常です。
・従業員による横領が発覚した場合には、以下の手順で対処していくことになります。
手順1:証拠を集める
手順2:本人からのヒアリング・弁明の機会の付与を行う
手順3:返金の誓約書・合意書を取得する
手順4:退職勧奨又は懲戒解雇をする
・横領による懲戒解雇の場合には、解雇予告手当は不要です。ただし、解雇予告除外認定を受ける必要があります。
・横領による懲戒解雇については、重責解雇として自己都合退職となります。
・横領による懲戒解雇の場合には、退職金の不支給又は減額を検討すべき場合があります。
この記事が従業員が横領した場合にどのように懲戒解雇をすればいいのか悩んでいる経営者や人事担当者の方の助けになれば幸いです。
以下の記事も参考になるはずですので読んでみてください。
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