完全合意条項について知りたいと悩んでいませんか?
完全合意条項は契約書の最後の方に記載されることが多く、読み飛ばしてしまっている方もいるのではないでしょうか。
完全合意条項とは、契約書と内容の異なる書面や合意を証拠として提出することを許さない旨の合意をいいます。
これは、英米法において認められている口頭証拠排除の原則に倣い、契約の安定性を重視するために定められるものです。
実際には、以下のような取引場面で用いられています。
・M&A契約(企業の合併等)
・国際商取引契約
・ライセンス契約など…
完全合意条項があると、後から紛争を蒸し返されるおそれが小さく、紛争の早期解決が見込めます。
しかし、完全合意条項の効果は強く、定めることによるリスクも存在します。
取引においては自由競争による力関係の格差があり、交渉が上手くいかないこともあります。
経過次第では、自社に不利益となる条項が残ってしまうこともあるのです。
この場合、完全合意条項があると後から契約書の内容を争うことができなくなり、損失が生じるおそれがあります。
予期しない不利益を避けるためにも、完全合意条項がある場合は契約書全体について精査することが重要となります。
今回は、完全合意条項について解説していきます。
具体的には以下の流れで解説していきます。
この記事を読めば、完全合意条項についてよくわかるはずです。
目次
1章 完全合意条項とは?
完全合意条項とは、契約書と内容の異なる書面や合意を証拠として提出することを許さないとする旨の合意をいいます。
かつての日本においては、契約で定めていなかった事項を信義誠実の原則によって規律していました。
しかし、契約書にない事項を解釈して取り込んでしまうと、契約書に記載のない債務を負うなど予期しない結果となり、契約の安定性が害されてしまいます。
英米法では、契約書の内容だけで解釈するという口頭証拠排除の原則(Parol Evidence Rule)がよく用いられてきました。
これは、証拠の後出しによって予期しない債務を負わないためにするもので、主に契約の安定性を確保するために条項に盛り込まれます。
現在の日本においても、契約の安定性を確保するとの見地から、口頭証拠排除の原則の考え方を取り入れようとする動きがあるのです。
2章 完全合意条項の効果
現在の日本には、口頭証拠排除の原則に対応する法律上の規定は存在しません。
しかし、後述の判例において完全合意条項を認めている事例があり、当事者が合意すれば完全合意条項の効力が生じるといえます。
完全合意条項が定められていると、トラブルが生じた場合には契約書の文言のみで解釈すべきことになります。
例えば、取引交渉において発言した内容が契約に含まれると主張された場合でも、契約書に記載がなければ発言の内容は考慮されないのです。
そのため、契約の安定性を重視したい場合は、完全合意条項を定めることが望ましいといえます。
ただし、完全合意条項には定めることによるリスクも存在するので、リスクを考慮したうえで定めるかを判断しなければなりません。
完全合意条項も契約の一部なので、必ずしも記載通りの効力を生じるとは限りません。
判例は、完全合意条項の効力を肯定する際に以下のような説明をしています。
※参考:東京地判平7.12.13
つまり、判例は契約書の条項を十分に理解できることを理由に、完全合意条項の有効性を肯定しています。
この説明を反対から解釈すると、契約書を十分に理解できる能力がない場合には、完全合意条項の効力が完全には認められない場合があるといえます。
そのため、この場合には完全合意条項が無効と判断されるおそれがあります。
3章 完全合意条項の文例【英文・サンプル付き】
完全合意条項の根拠となる規定がないことから、完全合意条項がいかなる効果を有しているかは具体的に規定しなければなりません。
例えば、以下のように記載することが考えられます。
他方で、海外の企業と取引する場合は英語で契約書を作成することもあります。
この場合、英文契約書特有の言い回しが使われており、契約書の作成やレビューには専門的な知識が必要とされます。
例えば、以下のように記載されることがあります。
(本契約には、本件の主題に関連する当事者間の書面または口頭による契約締結以前の全ての合意または了解が、本件の主題に関連する当事者間の完全な合意を含む。)
※constitutes the entire and only agreement=完全唯一の合意を構成する
※prior of contemporaneous=契約締結以前であることを示す
(本契約は、本契約の主題に関する両当事者間の完全唯一の合意を構成し、本契約締結と以前の交渉または連絡の前に優先し、取り消し、無効とする。)
※supersedes=優先順序を示す場合に用いられる
(本契約は、本契約の主題に関する両当事者間の完全な合意を構成し、本契約の主題に関する両当事者間の書面または口頭、明示または黙示を問わず、契約締結以前の全ての合意または了解事項に優先する。)
以上のように、完全合意条項を契約書に盛り込む場合、条項の効果が明らかとなるよう効果を具体的に規定することが重要になるといえます。
4章 完全合意条項を認めた判例2つ
ここでは、完全合意条項認めて契約書に記載のない事項を解釈に取り入れなかった判例をご紹介します。
判例2:特許ライセンス契約に基づく実施料の支払請求が認容された事案
それでは順番に説明していきます。
4-1 判例1:条件付株式売買契約等に基づく売買代金請求が棄却された事案
原告が、被告と条件付売買契約(SPSA契約)を締結したことから、この契約に基づいて被告に対して売買代金を請求した事案について、
裁判所は、当事者が完全合意条項を理解できる能力を有していることを前提に、完全合意条項が有効であると判断しました。
【完全合意条項の内容】
「当事者は、本契約の用語は本契約の目的物に関する当事者の最終的な表現であり、以前又は同時のその他のいずれの契約を証拠として、これを否認してはならないと意図する。当事者はさらに、本契約はその用語の完全かつ排他的陳述を構成するものであること、および本契約に取り入れられているすべての司法上、行政上又はその他の法的手続において、いかなる外部の証拠を導入してはならないことを意図する。」
そのうえで、株式買戻契約は議決権信託契約の一部に過ぎないことや、条項の内容からは未だ議決権信託契約が締結されたとはいえず、売買代金請求には理由がないとしています。
判例は以下のように説明しています。
「SPSA契約には完全合意条項が定められているところ…SPSA契約の締結に関与した者はいずれも会社の役員や弁護士であり、右のような事務に関しては十分な経験を有し、契約書に定められた個々の条項の意味内容についても十分理解し得る能力を有していたというべきであるから、本件においては、右条項にその文言どおりの効力を認めるべきである。
すなわち、SPSA契約の解釈にあたっては、契約書以外の外部の証拠によって、各条項の意味内容を変更したり、補充したりすることはできず、専ら各条項の文言のみに基づいて当事者の意思を確定しなければならない。」
「株式買戻条項は、単に右にいう「当該議決権信託契約」の一条項として規定されているにすぎないというべきである。…議決権信託契約が未だ締結されていないことを前提としているように読めることを併せ考慮すると、議決権信託条項をもって、原、被告間に、本件議決権信託契約が成立したものと認めることはできない。」
「以上のとおりであるから…原告の、被告に対する第一次請求(売買代金請求)には理由がない。」
4-2 判例2:特許ライセンス契約に基づく実施料の支払請求が認容された事案
原告が、被告に対して製品の実施料を請求したところ、被告が本件契約は最恵待遇条項の合意があることから実施料の支払方法に変更があると主張した事案について、
裁判所は、完全合意条項と修正制限条項を認めてこれを前提に契約書を解釈しています。
【完全合意条項の内容】
「本契約は、本契約の主題に関する両当事者の完全な理解と合意を構成し、明示又は黙示及び口頭又は文書による全ての以前の合意に優先する。」
【修正制限条項の内容】
「書面によって、かつ、両当事者を代表し、各々の正当な権限のある役員によって正当に執行された場合を除き、いかなる修正又は補正も有効でなく、両当事者を拘束しない。」
そのうえで、最恵待遇条項が重要であるにもかかわらず契約書に記載がないことから、最恵待遇条項の成立を否定し実施料の請求を認めています。
判例は以下のように説明しています。
「最恵待遇条項は、本件契約の根幹である実施料の支払方法につき変更をもたらすものであり、当事者双方に対して重大な影響を及ぼすものであるから、本件契約に最恵待遇条項を設けることは被告にとり重要なことであり、その内容について原告と被告との間で合意が成立していたのであれば、その合意内容が本件契約書に記載されていたはずであるが、本件契約書には、そのような条項は設けられていない。また、本件契約書には完全合意条項が設けられているから、仮に、本件契約締結前に、A野とBとの間で最恵待遇条項の合意が成立していたとしても、原告と被告との間に、本件契約書に明記されていない最恵待遇条項を含む契約が成立したものとは認め難い。」
「以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。」
5章 完全合意条項を入れるべきケース3つ
完全合意条項は、契約の安定性を確保し予期しない事態を避けるために設けられます。
しかし、完全合意条項を定めることによるリスクも存在します。
契約書中に自社にとって不利益な事項が残ってしまった場合には、不測の損害を生じるおそれがあるのです。
例えば、契約書の審査を網羅的にできない場合や、交渉力に格差がある場合には自社に不利益となる事項が残ってしまうおそれがあります。
そのため、不利益な事項が残らない場合、すなわち契約交渉を尽くし契約書を網羅的に審査できる場合などに、完全合意条項を設けるべきことになるでしょう。
具体的には、以下のようなケースが考えられます。
ケース2:国際商取引契約
ケース3:ライセンス契約
それでは順番に説明していきます。
5-1 ケース1:M&A契約
完全合意条項を入れるべきケースの1つ目は、M&A契約のケースです。
M&A契約では、最終契約書という交渉過程における合意事項を全て盛り込んだものを作成することになります。
最終契約書には表明保証や誓約事項などが盛り込まれ、通常の取引の場合に比べて多くの条項を定めなければなりません。
条項の多さから最終契約書の内容は複雑になってしまい、法的トラブルが生じないよう契約書のレビューには相当の労力を費やすことになります。
条項に漏れや見落としがある場合には、甚大な損害を生じるおそれがあるためです。
そこで、会社組織に重大な影響を与えるM&Aについては、契約の安全性を確実なものとするために完全合意条項を設けるべき必要性が高いといえます。
5-2 ケース2:国際商取引契約
完全合意条項を入れるべきケースの2つ目は、国際商取引契約のケースです。
国際商取引契約の場合、国際的に英語が共通言語としての認識が強いため、英文契約書を作成することが多いです。
英米法においては、口頭証拠排除という契約書に記載のない事項に効力を認めないとする原則があります。
しかし、口頭証拠排除の原則は日本法にはないことから、英文契約書に記載がなければその効力を生じません。
英米法における口頭証拠排除の原則を確認するために、英文契約書に完全合意条項を設けるのです。
そのため、国際商取引契約の場合、相手方の認識にズレが生じないように完全合意条項を設けるべきか検討することになります。
5-3 ケース3:ライセンス契約
完全合意条項を入れるべきケースの3つ目は、ライセンス契約のケースです。
外国企業と業務提携などをする場合、ライセンス契約を締結することがあります。
ライセンス契約では、ライセンシーにライセンサーへの報告義務や権利譲渡義務を条項に盛り込むことがあります。
これらの条項について疑義が生じるのを避けるためにも、ライセンス契約においては完全合意条項を入れることがあるのです。
他にも、共同研究開発の契約が先行している場合には、契約の優先関係を示すために完全合意条項を盛り込むことが考えられます。
6章 完全合意条項を定める際の注意点3つ
完全合意条項は契約書において一般条項として位置づけられ、効果が広範であるにもかかわらず強力な効果を有しています。
一度契約書に定めてしまうと後から削除することは難しく、定める前に慎重な判断をする必要があります。
ここでは、不測の事態に陥らないために、完全合意条項を定める際の注意点を解説していきます。
注意点2:契約書の内容を十分に精査する
注意点3:契約書の表現を明らかにする
それでは順番に説明していきます。
6-1 注意点1:完全合意条項の効果を明らかにする
完全合意条項を定める際の注意点1つ目は、完全合意条項の効果を明らかにすることです。
完全合意条項は、法律上の根拠がなく具体的な効果を定めなければ完全合意条項がいかなる効果を有するかが不明確となります。
例えば、以下のような場合は完全合意条項の効果が判然としません。
この規定からは完全合意条項であることは読み取れますが、内容が抽象的となってしまいます。
完全合意条項は紛争解決の指標にもなる重要な規定なので、規定の内容はできる限り具体的に、効果まで明らかにすることが望ましいです。
6-2 注意点2:契約書の内容を十分に精査する
完全合意条項を定める際の注意点2つ目は、契約書の内容を十分に精査することです。
完全合意条項の効果は、他の証拠の提出を許さず、契約書の内容のみで解釈するというものです。
つまり、契約書に記載がなければ一切考慮されないことになります。
契約の安定性確保に役立つ反面、記載に漏れがある場合や不利益な事項の見落としがある場合にはリスクを伴います。
完全合意条項がある場合、他の証拠によって修正することはできず不測の損害を被るおそれがあるのです。
特に、完全合意条項を設ける場合には契約書の分量が膨大になることも多く、細かい文言を見落としてしまいがちです。
そのため、不測の損害を避けるためにも、完全合意条項を定める際には契約書の内容を十分に精査することが望ましいといえます。
6-3 注意点3:契約書の表現を明らかにする
完全合意条項を定める際の注意点3つ目は、契約書の表現を明らかにすることです。
完全合意条項がある場合、紛争が生じた際には契約書の内容のみで解釈していくことになります。
しかし、各条項の表現が不明確だと契約書の規定だけでは解決できず、法令の規定が適用されてしまいます。
完全合意条項が有する紛争解決機能を活かすことができないのです。
そのため、完全合意条項を定める際には、契約書の細部までチェックし表現を明らかにすることが望ましいです。
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8章 まとめ
今回は、完全合意条項の効果とリスクを説明したうえで記載例について解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
・完全合意条項とは、契約書と内容の異なる書面や合意を証拠として提出することを許さないとする旨の合意をいいます。
・完全合意条項が定められていると、トラブルが生じた場合には契約書の文言のみで解釈すべきことになります。
・完全合意条項の文例は以下のとおりです。
「本契約は、本契約の主題に関する当事者の完全唯一の合意であり、本契約締結以前の当事者間における全ての合意又は協議内容に優先する。」
・完全合意条項を認めた判例は以下の2つです。
判例1:条件付株式売買契約等に基づく売買代金請求が棄却された。
判例2:特許ライセンス契約に基づく実施料の支払請求が認容された。
・完全合意条項は、契約交渉を尽くして契約書を網羅的に審査できる場合に設けるべき。
ケース1:M&A契約
ケース2:国際商取引契約
ケース3:ライセンス契約
・完全合意条項を定める際の注意点は以下の3つです。
注意点1:完全合意条項の効果を明らかにする
注意点2:契約書の内容を十分に精査する
注意点3:契約書の表現を明らかにする
この記事が、完全合意条項について知りたいと悩んでいる方の助けになれば幸いです。
以下の記事も参考になるはずですので読んでみてください。
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