従業員に不当解雇と言われ、解雇を撤回するべきかどうか悩んでいませんか?
企業として、一度した解雇を撤回することにも抵抗がありますよね。
解雇の撤回とは、一度した解雇をなかったことにすることです。
法律上は、従業員の同意なく、解雇を撤回することはできないため、企業が一方的に撤回しても、解雇の事実がなくなるわけではありません。
しかし、たとえ解雇の事実がなくならなかったとしても、解雇の撤回には、高額なバックペイを回避できる、慰謝料の支払いを回避できるというメリットがあります。
企業が解雇を撤回するには、解雇撤回通知書を交付し、従業員からの求めがあれば、労働条件や撤回理由の説明を行うことになります。その後、解雇撤回までの賃金や社会保険の処理をすることになります。
従業員が復職を拒否する場合には、受領拒絶状態を解消したうえで、出勤の督促を行い、それでも出勤に応じない場合には再度、無断欠勤を理由に解雇を行うことを検討します。
これに対して、解雇が濫用となる可能性が高いにもかかわらず、企業として、解雇の撤回もできないとの判断になった場合には、解決金を支払うことにより退職を前提とした和解を交渉することになります。
実は、従業員の中には復職する意思が不十分であるにもかかわらず、方便的に解雇の無効を争っているケースもあり、このような場合には解雇の撤回は有効な戦略となることもあります。
この記事をとおして、解雇の撤回について、企業の経営者や人事担当者の方に正しい知識を知っていただけますと幸いです。
今回は、解雇は撤回できるかを説明したうえで、撤回手順や撤回を拒否された場合の対応を解説していきます。
具体的には、以下の流れで説明していきます。
この記事を読めば、企業として解雇を撤回すべきかについてよくわかるはずです。
目次
1章 解雇の撤回とは?
解雇の撤回とは、一度した解雇をなかったことにすることです。
企業として、感情に任せてクビだと言ってしまったものの、従業員から不当解雇だと言われることがあります。
その際に、企業の経営者や人事担当者が、解雇について調べたり、専門家に相談したりすると、企業にとって非常にリスクの高いことを知ることになります。
このような場合に、解雇を維持して正当性を主張するのではなく、素直に撤回を認めて、従業員に復職を認める方法があります。
これが解雇の撤回です。
2章 一方的な解雇の撤回は不可|従業員の同意が必要
企業は、一方的に解雇を撤回することはできず、撤回には従業員の同意が必要とされています。
つまり、従業員の同意がない場合には、一方的に企業が解雇を撤回しても、当該従業員は変わらず解雇により退職したままとなります。
民法540条2項が、解除の意思表示は「撤回することができない」と規定しているためです。
これに対して、従業員の同意がある場合には、企業は、解雇の撤回を行うことができます。
例えば、従業員から、解雇が無効であるとして賃金を請求されているような場合には、従業員自身が解雇の効力を争っている以上、撤回につき少なくとも黙示の同意があると考えられるでしょう。
ただし、従業員の同意がない場合でも、解雇の撤回をすることに意味がないわけではありません。
解雇の撤回のメリット・デメリットについては、次の第3章で詳しく説明します。
3章 企業が解雇の撤回をするメリット・デメリット
企業が解雇の撤回をするには、メリットとデメリットがあります。
解雇の撤回を行う前に、メリットとデメリットをしっかりと理解したうえで、行うようにしましょう。
企業が解雇を撤回した場合のメリットとデメリットは以下のとおりです。
それでは、解雇を撤回するメリットとデメリットについて順番に説明していきます。
3-1 メリット1:バックペイを回避できる
企業が解雇を撤回するメリットの1つ目は、バックペイを回避できることです。
バックペイとは、解雇日以降の賃金を遡って請求されることをいいます。
バックペイは、解雇を争う期間が長引けば、長引くほど金額も大きくなっていきます。
例えば、1年間解雇の正当性が争われ企業が敗訴した場合には、その期間の賃金を後から遡って支払わなければならないのです。
しかし、解雇が不当な場合にバックペイが認められる理由は、不当な解雇が原因で従業員が働けなくなったためです。
企業が解雇を撤回して働くことを認めるに至った後は、例えば不当な解雇されていたとしても、従業員は就労可能な状況にあったことになります。
そのため、解雇を撤回した場合には、それ以降のバックペイの支払いを回避することができます。
3-2 メリット2:慰謝料が否定される方向の事情となる
企業が解雇を撤回するメリットの2つ目は、慰謝料が否定される方向の事情となることです。
解雇の撤回をすることによって、従業員はそれ以降復職が可能な状態になりますので、解雇態様の悪質性は低下することになります。
また、精神的な苦痛についても、経済的損失が補てんされ、復職可能となれば、一定程度癒えることになります。
そのため、解雇を撤回した場合には、慰謝料が否定される方向の事情となります。
3-3 メリット3:復職が嫌で自主的に退職することがある
企業が解雇を撤回するメリットの3つ目は、復職が嫌で自主的に退職することがあることです。
従業員は、本当に復職したいわけではなく、方便的に解雇の撤回や復職を求めてきている場合があります。
このような場合には、解雇の撤回をされると、復職を嫌い自主的に退職することがあります。
そのため、解雇の撤回は、方便的な復職要求には有効な対抗手段となり得ます。
3-4 デメリット1:当該従業員が復職する
企業が解雇を撤回するデメリットの1つ目は、当該従業員が復職することです。
一度は、雇用の継続が不可能と考えた従業員を復職させることは容易ではありません。
新たにポジションを作らなければいけませんし、人格や態度に問題がある人物の場合には他の従業員にも悪影響が生じることになります。
しかも、復職する以上は、当然、それ以降は賃金の支払いをしなければいけなくなります。
3-5 デメリット2:職場が混乱する
企業が解雇を撤回するデメリットの2つ目は、職場が混乱することです。
一度、退職となった従業員がもう一度戻ってくるとなれば、他の従業員は戸惑いますし、何が起こっているのかと社内で噂となることもあります。
また、企業は、一度解雇処分をしてもすぐ撤回するものとの印象を従業員が受け、規律の維持にも問題が生じます。
3-6 デメリット3:再度同じ理由の解雇を行いにくい
企業が解雇を撤回するデメリットの3つ目は、再度同じ理由の解雇を行いにくいことです。
解雇の撤回を行うと、少なくとも、当該従業員について今後も雇用を継続していくという判断をしたことになります。
そうすると、撤回した後に、やはり雇用を継続することができないと考えても、同様の理由により再度解雇することは困難となります。
3-7 デメリット4:同意がないと解雇予告手当・退職金請求は回避できない
企業が解雇を撤回するデメリットの4つ目は、同意がないと解雇予告手当・退職金請求は回避できないことです。
企業が解雇を撤回しても、従業員が撤回を同意しなければ、解雇の事実がなかったことにはなりません。
そのため、解雇予告手当や退職金請求については、従業員の同意がなければ、解雇を撤回しても、解雇の事実がなくならい以上、回避することができません。
なお、解雇の撤回により回避できる従業員の請求について、整理すると以下の表のとおりです。
4章 解雇の撤回に関する裁判例4選
解雇の撤回に関しては、以下の4つの裁判例が重要です。
判例2:名村造船所事件|大阪地決昭和58年12月27日労判428号63頁
判例3:アリアス(懲戒解雇)事件|東京地判平成12年8月25日労判794号51頁
判例4:株式会社グリース事件|東京地判平成28年11月11日判例集未登載
4-1 判例1:東京高決平成21年11月16日判タ1323号267頁
民事再生手続の開始を申し立てた会社によって解雇された従業員が退職金の支払いを請求した事案です。
企業側は、解雇の撤回を理由に退職金は存在しない等の反論をしました。
これに対して、裁判所は、「解雇の意思表示は使用者が従業員に対し一方的に行う労働契約解除の意思表示であってこれを撤回することはできない。また抗告人は、相手方らが撤回に黙示に同意した旨主張するが、相手方らが同意したことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しました。
4-2 判例2:名村造船所事件|大阪地決昭和58年12月27日労判428号63頁
従業員が企業の労働者としての地位にあることを仮に定める判決が出た後に、企業が仮就労命令を出しました。
しかし、従業員が仮就労に応じなかったため、仮就労に応じなかった期間の賃金が争われました。
企業は従業員が労働者としての地位にあることを仮に定める旨の判決が言渡された後、従業員に対して仮配置職場等の仮の処遇を検討するため事情聴取に応じるよう求めました。
これに対して、従業員は、必ずしも仮の処遇のための事情聴取も拒むものではないが、従業員ごとに個別の事情聴取をするのではなくではなく、解雇された労働者全員との話し合いを行うよう求めました。
しかし、企業は、従業員の求めに対して、従業員全員との話合いには応じないとの態度に固執し、従業員から事情や意見を聴かず、仮の処遇について説明することもありませんでした。
これについて、裁判所は、就労場所、就労条件等につき、従業員が全員への説明や全員との協議を求めた場合には、企業に特別の支障のない限り、これに応じて従業員の疑問に答え、その不安を解消させるため十分の説明を尽くすべきであるとしています。
それにもかかわらず、企業が個別的な事情聴取に固執して従業員の求めを拒み続けたまま本件仮就労命令を発したとしても、受領拒絶は解消されたとは言えないとしています。
ただし、この事案では、解雇の撤回ではなく仮処分判決に対する控訴を維持したまま仮の処遇を行うという不安定な地位であるという特殊性があります。
4-3 判例3:アリアス(懲戒解雇)事件|東京地判平成12年8月25日労判794号51頁
企業が解雇を撤回した後に、従業員が企業に対して、職場復帰について、就労開始日、就労場所及び勤務内容の明示を求め、就労の意思を書面により通知した事案です。
これに対して、企業は、復職後の従業員の職務内容等の明示に全く応じませんでした。
そのため、裁判所は、従業員の労務を遂行すべき債務の不履行は会社の責に帰すべき事由に基づき履行不能となったものとして、労働者が未払賃金請求権を有すると認めました。
また、無断欠勤を理由とする解雇につき、企業が今後の担当業務等を具体的に説明したり、明らかにしたりするなどの対応はしないまま、来社するよう強く求めるのみであったことを考慮し、無効としています。
4-4 判例4:株式会社グリース事件|東京地判平成28年11月11日判例集未登載
企業が解雇を撤回した後、2度に渡り、出社命令をしたものの従業員が出社に応じなかったため、従業員の就労の意思の有無が争われた事案です。
まず、企業は、解雇を撤回した通知書において,平成28年5月26日、同月30日から出社するよう通知しています。
これについて、裁判例は、以下の事情を考慮し、同年5月30日に出社しなかった場合でも、就労の意思が認められるとしました。
②通知書に対し、従業員は、翌日、通知書をもって復職の条件を検討中であるのでしばらく待つよう求めており、その後同年6月13日の本件業務命令まで具体的な出社命令があったとは認められないこと
③企業が解雇を撤回したからといって解雇撤回までの賃金の支払には争いが残っていたこと
次に、企業は、従業員に対して、平成28年6月13日、同月17日から出社するように業務命令をしました。
これについて、裁判例は、以下の事情を考慮し、同年6月13日以降に出社しなかった場合の就労の意思を否定しました。
②本件業務命令により出社を命じた同月17日は、解雇を撤回した同年5月26日からは相当期間が経過していること
③本件業務命令前の通知書により復職後の労働条件は通知されていること
④その他本件業務命令を受けて原告が出社を拒否する正当な理由は認められないこと
⑤従業員は解雇撤回後も別の会社において就労し続けていること
5章 企業が解雇を撤回する手順3つ
企業が解雇を撤回するには手順があります。
単に解雇を撤回すると告げるだけでは、リスクを回避できない可能性があります。
具体的には、企業として、従業員に対する解雇を撤回するには、以下のような手順を踏むことになります。
手順2:求めに応じて労働条件等の説明
手順3:賃金や社会保険の処理
それでは、各手順について順番に説明していきます。
5-1 手順1:解雇撤回通知書の交付【テンプレート付き】
解雇を撤回する手順の1つ目は、解雇撤回通知書を交付することです。
解雇を撤回する際には、解雇を撤回したこと、出社を求める日付、業務内容を明確にしたうえで、これを通知したことを証拠に残しておくことが大切です。
そこで口頭のみで撤回するということは避けるべきであり、撤回する際には解雇撤回通知書を作成して交付するのがいいでしょう。
例えば、解雇撤回通知書のテンプレートは以下のとおりです。ご自由に活用ください。
解雇撤回通知書のダウンロードはこちら |
復職日については解雇撤回通知書を交付する日の1~2週間程度後にすることが通常です。
撤回通知書の交付日から復職日まで日にちが近すぎると、従業員が出社しない場合でも就労の意思が否定されないことがあるためです。
5-2 手順2:求めに応じて労働条件等の説明
解雇を撤回する手順の2つ目は、求めに応じて労働条件等の説明をすることです。
従業員から復職後の賃金額やより詳細な業務の内容を明らかにするように求められた場合には、可能な限り対応するようにしましょう。
これらの説明を拒否すると、労務の受領を拒絶する状態が解消されていないと判断される可能性があるためです。
5-3 手順3:賃金や社会保険の処理
解雇を撤回する手順の3つ目は、賃金や社会保険の処理です。
解雇の撤回をしたら、解雇日から復職を指示した日までの労働者賃金の支払い、喪失手続きを行ってしまった社会保険等の訂正を行うことになります。
6章 従業員が復職を拒否する場合の対応
従業員は、解雇の有効性を争っていたにもかかわらず、解雇を撤回しても復職に応じないことがあります。
従業員が出勤に応じないからと、企業も何らの対策を講じず漫然と放置していては、従業員からの反論の余地が残ってしまいます。
そのため、企業としては、従業員が復職を拒否する場合には、以下のような対処を検討することになります。
手順2:再度の解雇
それでは順番に説明していきます。
6-1 手順1:出社の要請
従業員が復職に応じない場合の手順の1つ目は、出社の要請です。
再度、1~2週間後の日を指定し、その日までに出社するように督促しましょう。
出社の要請をすることで、解雇撤回時の復職要請の相当性が否定された場合でも、再度の出社要請の相当性は認められる可能性があり、リスクを抑えることができます。
また、従業員が無断で欠勤するだけでは懲戒解雇理由としては不十分なことがあり、督促にも応じないという事情も加わることで、解雇理由が補強されます。
そのため、従業員が復職に応じない場合には、出社の要請を行うことになります。
例えば、出社要請のテンプレートは以下のとおりです。ご自由に活用ください。
出社要請のダウンロードはこちら |
6-2 手順2:再度の解雇
従業員が復職に応じない場合の手順の2つ目は、再度の解雇です。
従業員が復職に応じず、更に、督促をしたにもかかわらず、欠勤を継続するような場合には、解雇を検討します。
無断欠勤を理由とする解雇の相場観としては、14日以上連続して無断欠勤し、督促にも応じなかった場合には、これを検討することが通常です。
ただし、解雇の撤回という事情も併せ見れば、14日ではなく、再度の解雇をするのは復職日から1か月程度は待った方がいいでしょう。
無断欠勤を理由とする解雇については以下の記事で詳しく解説しています。
従業員が企業に対して、解雇の撤回の際にハラスメントや不利益措置をしないことの誓約を求めてくることがあります。
そして、企業側が同誓約を行わない限り、復職をしないとのなど対応をしてくることがあります。
しかし、ハラスメントや不利益措置をしないとの誓約が行われていないというのは、復職しないことを正当化する事情とはならないでしょう。
従業員側は、実際に復職して、ハラスメントや不利益措置が行われた場合には、その際に受領拒絶が解消されていないことを主張すれば足ります。
企業としても、ハラスメントや不利益措置をしないということは、当たり前のことであり、あえて個別の従業員に対してのみ誓約すべきものではありません。
むしろ、このような当然のことを誓約することによって、世間や他の従業員からハラスメントや不利益措置が行われたのではないかと、あらぬ誤解が生じる可能性があります。
そのため、とくにハラスメントや不利益措置をしないことを誓約すべき具体的な事情等がないのであれば、安易に応じるべきではないでしょう。
7章 企業が解雇を撤回できない場合の対処法
解雇が不当であるものの、企業として撤回もできない場合には、退職を前提とした金銭解決に向けた交渉を行うことになります。
従業員に対して、話し合いによる解決を行うことはできないか打診を行い、検討してもらえるようであれば退職条件を提案しましょう。
賃金の3か月分~6か月分程度の解決金の支払いを行う場合が多いですが、事案によっては1年分程度に及ぶこともあります。
解雇の見通し等を分析したうえで提案する金額を判断することになるので、一度、弁護士に相談した方がいいでしょう。
8章 解雇の相談はリバティ・ベル法律事務所へ!
解雇の相談は、是非、リバティ・ベル法律事務所にお任せください。
解雇問題は専門性の高い分野であり、弁護士であれば誰でもいいというわけではありません。
解雇を争われた場合の見通しを分析したうえで、事前に準備を行い、極力リスクを減らしたうえで、紛争が顕在化した場合には適切に対処していく必要があります。
リバティ・ベル法律事務所では、解雇や退職勧奨をはじめとした人事労務に力を入れており、圧倒的な知識とノウハウを蓄積しています。
リバティ・ベル法律事務所は、全国対応・オンライン相談可能で、最短即日でこの分野に注力している弁護士と相談することが可能です。
相談料は1時間まで1万円(消費税別)となっておりますので、まずはお気軽にご相談ください。
9章 まとめ
以上のとおり、今回は、解雇は撤回できるかを説明したうえで、撤回手順や撤回を拒否された場合の対応を解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
・解雇の撤回とは、一度した解雇をなかったことにすることです。
・企業は、一方的に解雇を撤回することはできず、撤回には従業員の同意が必要とされています。
・企業が解雇を撤回した場合のメリットとデメリットは以下のとおりです。
・企業として、従業員に対する解雇を撤回するには、以下のような手順を踏むことになります。
手順1:解雇撤回通知書の交付
手順2:求めに応じて労働条件等の説明
手順3:賃金や社会保険の処理
・企業としては、従業員が復職を拒否する場合には、以下のような対処を検討することになります。
手順1:出社の要請
手順2:再度の解雇
・解雇が不当であるものの、企業として撤回もできない場合には、退職を前提とした金銭解決に向けた交渉を行うことになります。
この記事が従業員に不当解雇と言われ、解雇を撤回するべきかどうか悩んでいる企業の経営者や人事担当者の方の助けになれば幸いです。
以下の記事も参考になるはずですので読んでみてください。
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